私は援助交際では相手を選ばなかった。
私は援助交際には何も求めていなかった。
援助交際やパパ活をする女性はお金を求めていることが多いと思うけど、私は何も求めていなかった。
しいていえばその瞬間に
自分が生きていると感じていること
今この瞬間だけでも自分を見てくれる誰かがいること
そんな事を求めていた。
私はお金をもらっても特に嬉しいなどという感覚もなかったし、15歳の処女を喪失したての私にセックスの気持ちよさなども分かるはずがなかった。
女は相手が誰でもセックスできると今でも思っている節があるのは過去のトラウマのせいかもしれない。
相手は20代の遊び人だったり、30代のごく普通な会社員だったり、40代の女子高生大好きなキモいオジサン(15歳が見る40代はただのオジサンだった)だったり、50代のちょっとお金持っていそうなオジサンだった。
女子高生が好きすぎて常識では考えられない変態もいたし、エンコーマニアでバカほどお金を出した奴もいた。
結果的に高校生の3年間は援助交際をしていた私だが、何人と援助交際をしたのか、合計いくらもらったなんか覚えてない。
最低額はお茶のみで3,000円~最高額は7万円ほどで、通っている学校の制服に相手が指定した下着をつけてセックス、相手が準備したコスプレで写真撮影など。
時にはオジサンを介してほかのエンコー少女と知り合ったりした。
もらったお金は親にバレないように女の子たちにおごったり、サービスに消費した。
女の子たちはお金が目的じゃない私が援助交際することを不思議に思っていたようだが、食事をおごってあげるというとホイホイついてきた。
普通はそうなのだろう。
お金がなくて援助交際しているのだから。
そんなある日、私はたまたま知り合った40代半ばくらいの小柄なオジサンに出会った。
駅で指定された軽に乗り込むとオジサンは車を発進させ、どんどん田舎に向かって走っていく。
ずいぶん田舎まで走り古ぼけたホテルの部屋についてオジサンは言った。
「最近の女子高生はヤらせてやってるという態度がムカつく。股を開けば金が貰えると思っていて、セックスをしているときでも平気で携帯をいじる態度が気に食わない。お前はそんなことをする奴じゃないだろうな」
私はそのような態度をとったことは一度もなかったのでオジサンに対して恐怖はなく、オジサンもまた私と話す中で私がそのような人間ではないことをわかったようで安心してシャワーに行った。
お金を渡しているんだからちゃんとセックスしろってことだったのだろう。
私はただオジサンが好むような声を出し、オジサンの言われるがままに体位を取り、ただその時間が過ぎるのを感じた。
ー自分はひとりじゃない。
友達やカレシはいたけど、どこか自分はひとりぼっちで回りのみんなと同じように恋愛やキャピキャピできなくて、孤独で。
そんな感覚を埋めてくれるのが援助交際だった。
そのオジサンはセックスのあと財布から3万円出して言った。
「マキちゃんのこと気に入ったからまた援助してあげる」
私は自分とセックスできる権利を3万円で売っていた。
当時の現役女子高生にしては少し高かったかもしれないが、それでもお金を出す男はたくさんいた。
基本的に私はマグロで、いやマグロでいるしか能がなく、むしろ相手も何も知らないできない女の子を望んだから好都合だった。
ベッドに寝そべって股を広げるだけで自分の上で汗を垂らして腰を振る男どもが滑稽だった。
女とセックスするために3万円も支払う人たちがこの世にたくさんいる。
自分は男という性別によって傷ついて自分の人生を棒に振ったのに、その男という性別にセックスをさせて心が満足している自分も滑稽だった。
傷ついて、自分の居場所がなくなったのに、自分が居場所を見つけたのは自分を傷つけた男という性別と一緒に過ごすことだったからだ。
私はのめりこむほどに身体しか売らなくなった。
時には5万円、相手の希望にそったが2万円だと断った。
そんな私に事件が起きる。
たまたま出会った男がカレシ雄太の昔のヤンキー仲間だったのだ。
ヤンキーネットワークではあいつは今何してるだの、どこの女と付き合っているだの、筒抜けらしい。
私の顔も差していて、すぐに雄太の彼女であることがバレた。
ホテルに連れていかれ、その男は私をベッドに突き飛ばして言った。
「あいつには恨みがある、あいつは一生許さない、あいつのものはすべて壊してやりたい、あいつが泣く顔が見たい」
スカートを破られ、私は犯された。
援助交際をしておいて、ホテルに行っておいて何が犯されただと思うかもしれない。
でも私はこの男とのセックスには同意していなかった。
その証拠に初めてセックスが嫌だと思い、男の人が怖いと思い、最中を記憶に残したくなくひたすら無になった。
その男は言った。
「満足したからこのことはあいつには黙っていてやる、せいぜい幸せになれや」
男の言う満足とはセックスではなく、雄太のものを壊して満足したという意味だった。
私は近くの駅で降ろされた。
雨の中、スカートが破れていることを周りに知られないように手で隠してずぶぬれで帰った。
帰宅してシャワーを浴び、泣いた。
こんなに自分が汚いと思った日はなかった。
これに限らず援助交際では何度も怖い目には遭ったのだが、この記憶だけは世間は狭いということと男性を怒らせると何をされるかわからないという意味で一段と怖い経験だった。
でも、それでも私は援助交際をやめなかった。
完全に私の心は壊れていた。
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